川崎 精雄






めじろが手のとどくほど近い枝に来て啼く。
私がその真似をすると、めじろが首をかしげる。
このような所に住めたら、ということは、若い私は決して考えはしない。
また考えるべきではあるまい。
けれども、もしも心の端に蘇るたびに、こうした所を訪うことが出来るならば、
人生のアルバムを、心地よい思い出で満たすことが出来るだろう。

-鹿島の初冬-






次に草むらに、仰向けになった。
ここでO君の感激は、頂点に達したようだ。
会津に生まれて東京に職を得ている彼は、
頭上に仰がれる星空の美しさに驚嘆し、
今まで星がこんなにも美しいものだとは見たこともなかったし、
考えもつかなかったという。
私は彼に、持参のサンドイッチの一片を領った。
それは家内が作ったありふれた品だが、O君はその健康の故もあって、非常においしく感じたらしい。
あとで貰ったその手紙には、ポロポロ涙が出そうだった星空の広さと、
高原の冷気に、氷のように冷えた一片のサンドイッチの味は、
生涯忘れ得ないものだ、と書いてあった。

-夜道-



「君のレコードを聴きに行くから」

-邂逅-





記憶の森を紡ぐ旅  ~屋久島 湯泊歩道 七五岳 烏帽子岳 尾之間歩道~ 四日目







せっけんの良い香りに包まれて南風をうけとめている
ぶら下げたビニール袋には中華麺と冷え冷えの缶ビール
民家の垣根にハイビスカスやプルメリアの南国の花々があちこちと咲き誇っている
クチナシの甘いつよい香り
耳には夏虫のジージーという声
それとinner science
きらきらと光るエレクトロニカの高揚にあわせて四日間の想い出が押し寄せてくる
歩いているあいだじゅう、今までの色んな記憶がぐるぐるまわって
 仲間への感謝の気持がいっぱいになって
変わらずに側にいてくれる友達のことを、見守ってくれている人たちのことを改めてありがたいと思った
突発的に決めた屋久島の山旅だったけれども、
私はひとりきりでここまで歩いてきたけれども、
今回のトレイルは私が山を始めてからの、様々な出来事や出逢いたちが紡いでくれたように思

 だからこそ、今回はソロで歩けて良かったんだ
誰かと一緒だと楽しさは倍増するけど、
寂しさも悲しさもつらさも非力さも、
目と同じ高さにひろがる海を見て感じる達成感も
ぜんぶひとりきりのものだったから、誰かを想えた

三泊四日かけてピークを踏んだのは七五岳と烏帽子岳のみという、
地味でちょっと変わった縦走は、青い水平線に溶けあって終わることを私は知っている
両足で受け止めているのは海にむかう良く整備された車道で、
この道はもうどこにも続いていないのだけれども、
潮風に揺られていると、これからどこへだって行けるような気がした


"辛ければ辛いほどに、出合える美しい景色が、必ずあるというのが、とても人生的だ
美しい景色を見たければ、そのつらさを乗り越えろということだ
それは宗教や思想にとらわれない、
とても人間らしい、自由で正しい精神だ"

yataro matsuura







day4
蛇の口某所(6:25)~尾之間温泉(8:00)


5時にセットしていた携帯電話のアラームが鳴って、いつの間にか寝ていたことに気がつく
一晩中揺れていた月明かりはとうに無くなっていて、フライシートは均一に明るい
ご飯は二食分余っているけれどもミルクティーだけ飲んで、テントのなかを片付けた
ああ、ほんとうにこの森とサヨナラなんだと思うと、一晩中願っていた夜明けを寂しく感じた
ハイドレーションの水をすっからかんにしてバックパックに畳んで入れ、使いきりのシャンプーやボディーソープが入ったスタッフサックは取り出しやすいように上部に詰めた

苔の覆うベンチに腰をかけて、靴紐を片足ずつ縛ってゆく
朝の森では虫は飛ばない
ひんやりとした空間で、息づくのはわたしだけで、じっとしていると茂る森が無機質なものに感じられた
緑っぽい空気を胸いっぱいに吸い込んで、異様に軽く感じるバックパックを担いだ






ほんの少しの歩行時間で、私は何度も立ち止まり、何度もシャッターを切り、何度も振り返った
ほんとうに終わるの?と何度も声に出して言ってみた
終わってゆくことが、過ぎてゆくことが、今までのどの山行よりずっとずっと寂しかった
林に光のシャワーが降りそそぎ、立ち並ぶ木々に温度を感じ始める
ナメリを過ぎて、崩落地帯の高巻きを越え、亜熱帯植物の歩道へ出た
尾之間集落に響く村内アナウンスが、右手に現れた空き地のずっと先の遠くから聞こえて足を止めた
私はサンダルに履き替え、重たい登山靴を片手に持つ
ソテツやクワズイモ、ビンロウジュのトレイルを過ぎてゆくと林間から尾之間温泉の屋根瓦が見え隠れしだしたので、私は笑みが止まらなくなった
いつしか寂しさよりもやっと温泉に入れるという嬉しさの方が勝っていた
薄暗い林のトンネルの先に見える陽だまりが、目に眩しい










記憶の森を紡ぐ旅  ~屋久島 湯泊歩道 七五岳 烏帽子岳 尾之間歩道~ 三日目後半




day3*part2
鯛之川(12:05)~蛇の口東屋(16:30)~蛇の口滝(17:00)~蛇の口東屋(17:30)~蛇の口某所(17:40)ビバーク


山に入って三日目、今日も誰とも話すこと無く黙々淡々と歩いている
私はいつからか独り言が自然に出始めていた
よくよく考えればソロでこんなに長い時間を過ごすことは初めての経験だった
歩けれども歩けれども、森はずっとずっと途切れることなく続いてゆく
ふと、ipodから流れるウルリッヒシュナウスのエレクトロニカのメロディーを「ランラン」と口ずさんでみたところ、気分がちょっとずつ盛り上がってゆくのを感じたのでこころが明るくなった
新しい足跡はいくつも見かけたけれども、淀川から誰一人にも逢ってないし、もうこんな時間にこの歩道を下る人も居まいと思うと歌声はどんどん大きくなっていった歌詞の有る曲をわざわざ選んでしばらく歌っていたところ、ふと気配を感じたので後をぱっと振り向いた
かなり離れたところだったけどトレランふうの男性が降りてくるのが目に入って、私の顔は一気に赤くなった
彼が通り過ぎるとき「すみません、誰もいないかと思って大声で歌っていました」と平謝り
トレランの男性は永田から尾之間まで一泊二日の縦走をしていて、今日は鹿之沢から尾之間まで歩いているらしく、その距離と彼の歩行速度に驚いた
「尾之間長いっスね」と言葉を残して彼はまたたくまに姿を消した








私は独りで歩く時はほとんどと言っていいほど休憩をとらないほうだ
ペースをかなり落としてゆっくりゆっくり登りつづけるのが好きみたい
だけれども、疲れのせいか、いつしか数十分進んでは休みをくり返すようになっていた
(そして行動食を撮るという奇怪な遊びにハマった 独り言を言ったり、歌を歌ったり、小休止のたびに行動食を撮ったり、30秒セルフタイマーにはまったり、私がどんどん壊れてゆく… ちなみに、「おやつカルパス」は塩っけがあり、甘ったるい行動食の口直しに良かった ヤガイっていう会社が出している 一個9円也 普段は何が起きてもカルパスとか食べないのにね 「Alpen」はミューズリーとドライフルーツを固めたシリアルバーで最近のお気に入り行動食のうちのひとつ)


地道に下ってゆくといつの間にか標高1000メートルを切っていたことに気がついた
ああ、もうスグで道が繋がるんだと思うと胸にこみ上げてくるものがあった
地図にも載っていない渡渉ポイントにいくつか出合い、その度に記憶を掘り起こしてゆく
そして最後の渡渉で足をとめた
記憶が違っていたのか、それとも高度計が狂っていたのか、標高は700メートル後半を指していたけれども、一年前に引き返した場所はここに違いなかった
足運びを迷うところもないほどに水量の少ない小川をぴょんぴょんと渡って、濁流に行く手を阻まれ大雨に打たれながら呆然と立ち尽くしている一年前の私とタッチした
そしてここからは三回目に通る登山道に変わる
いくつかの倒木はすっかり除かれていたりしていたけれども、見覚えある景色を愛でながら急坂を下ってゆく
残置ロープ箇所が現れた
ああ、もう、ほんとにスグに蛇の口ハイキングコースと合流するんだと考えると嬉しくって仕方が無く、今日一番の速度で下り、東屋が見えたときは「ついた~」と溜息のような声が出た

東屋にバックパックをデポしてサコッシュだけの身軽装備で蛇の口滝へと向う
途中、滝つぼで泳いでいたという海外の家族とすれ違う
蛇の口滝まで3時間近くかけて歩いて水遊びするなんて良い休日の過ごし方だななんて羨ましく思う
滝に近づくと大岩がごろごろと目の前に出てきたのでわざとルートを外してボルダリングふうに遊びながら乗り越えていった
30分ほどかけて夕暮れの蛇の口滝に到着した
顔を上げて、その滝幅の広さに感動する
タイツを太ももまでめくり、川に脚をさらしてふくらはぎをアイシングして休憩を取った
水の温度は低く、ずっと水に浸かっていると身震いがしたけれども、太陽の熱を受けた岩がとても温かいので大岩を両手で抱きしめて暖をとった


東屋まで戻り、ガイドさんから教えていただいた場所まで移動する
「きっとわかると思う」場所は鬱蒼としたところにあったけれども、ほんとうにピンと分かって、狭小なスペースながら地面は平らで水場も近く、ベンチもあった
ただ、この標高で眠れるのはこの時期がぎりぎりだろうな~と、小さな虫がぷ~んと飛び交ってゆく様子を見ながら思った
テントをたて終えて腰を下ろすと満身創痍のからだはぐっと重くなり、ご飯を食べる気力も無くなったのでシュラフのインナーだけ被って目を閉じた
しかし、一向に眠れる気配がなく、持ってきた小説をヘッデンの光に照らして読んだり、明太子のクスクスを食べたりして最後の夜を過ごした
ここに誰かが居てくれたら安心して眠れるのにと思うと、悲しくなったり切なくなったり怖くなったりした

ライトをそっと消してテントの天井を仰ぐと、木々から漏れて揺れる月明かりが見えた
標高は300メートルを切っているので気温がとても高く、夏用シュラフを毛布みたいにしてからだにかけている

小さな音でアンビエントを聴いた
色んなことが頭のなかにふつふつと湧いて出てくるけれども、結局は混沌とした森の闇に食べられてゆく
長い夜の片隅で、このトレイルを歩ききった時に私はいったい何を想うんだろうと、想像してみたけれども、それもまた闇の底に沈殿していった




四日目に続く











記憶の森を紡ぐ旅  ~屋久島 湯泊歩道 七五岳 烏帽子岳 尾之間歩道~ 三日目前半




今回取ったコースは本来なら今日中に下山できる行程なんだけれども、ゴールデンウィークまっただなかの屋久島での下山後の宿の確保が出来ずじまいなので無理矢理山中に三泊四日することにしている
時間はたっぷり残っているので三日目の朝はゆっくり過ごそうと決めていた
テントから顔を出すと、せわしなくあちこち動き回っている登山者が見える
今日も朝からよく晴れていて絶好の登山日和になるだろう


day3*part1
淀川小屋(8:50)~尾之間歩道入口(9:35)~鯛之川(12:05)



カメラを片手に淀川橋まで歩く
川のほとりにちょうど朝陽が当たる陽だまりがあったのでそこでしばらく佇んだ
暖かな光につつまれても、吐く息は白くひろがる
淀川登山口方面から続々と登山者がやってきて、皆が皆、笑顔を見せながらおだやかな河にかかる橋を渡って通り過ぎてゆく
私はテントに一旦帰って朝食のための準備をして再び同じ場所に戻ってきた
アルコールバーナーでお湯を作って、朝陽を浴びながらかぼす紅茶を飲み、それから明太子のクスクスとうずらの卵の薫製を食べた
昨日は玄米をめし袋で炊いて失敗し、心がへこんだので、残りの食事の主食はすべてクスクスにした
味には正直飽きちゃうけれども、ソロだと食事にこだわる理由も見つからないのでライトアンドファストで良いな
ヘリみたいなところに座って足をぶらぶらさせながら食後のコーヒーも飲んで、通り過ぎる登山者たちを横目にほんとうにゆっくりまったりとした朝の時間を過ごした
登山者はほとんどがガイド付きで、団体にはガイド証を首からぶら下げた男性が必ずいたし、二人ほどの小パーティーも大抵ガイド付きで、様々な説明やアドバイスを何度も耳にした
そのうちの少人数パーティーが私の隣で休憩をとろうとヘリに腰を掛けた
そのグループのガイドさんがお湯を沸かしながら「幼少の頃に親から淀川に連れてこられたとき、海外の女性が素っ裸で泳いでいて衝撃的だった」という思い出話をされたので私も一緒になって笑ってしまった
あとはマニアックなところにしか連れて行かないという変わったガイドさんから「ひとりですか」と声をかけられ、接客そっちのけで「湯泊を通ったんだったら、次はあの道に行くべきだ、あの山に行くべきだ」等と色々な情報を聞かせていただく
そして私が今夜は蛇の口のあずまやでビバークする予定だということを言うと、「きっと見つけられると思うから」と彼のとっておきの幕営ポイントまでも教えてくださった

淀川を過ぎてゆく登山者と行き交うかたちでテント場まで戻ると、テントの数がもう二、三張りしか残っていなかった
テントの中のこまごまとしたものを十分ちょっとかけて片付けてから外に出たところ、ほかのテントはすべて撤収されていてとうとう広場には私のテントがポツンとあるだけになった
登ってゆく登山者もピークを過ぎて、淀川小屋前は閑散としていた



パッキングを終えてさあ歩き出そうかと言った頃にはもう誰もいなくなっていて、がらんどうだった
今日中に温泉で汗を流せないことはすごく残念だけれども、時間を贅沢に使っていると混雑期だとしても静かな空間に出逢え、淀川も人が居ないと静かで良いなあと思えるのでこころはホクホクしていた
登山口までのゆるやかな散歩道も誰にも逢わず、半袖のウエアから伸びる両腕を朝のひんやりとした空気にさらしながらのんびりとしたペースで歩いた

コースタイム通りに淀川登山口に着いた
車道脇にはたくさんの車が泊まっているけれども人はひとりもいない
日に照らされた白飛びの車道を横切って私はまた初めての登山道へ足を踏み入れた
尾之間歩道は尾之間の集落まで繋がる登山道で一年前に下から登ったことがある
そのときは天候が崩れて地図にも載っていないような小川が増水し、とてもじゃないけど渡れそうもなく行く手を阻まれ、標高900メートルくらいで泣く泣く引き返したという、ずっと心残りのままだったルートだ
せっかく稼いだ高度を落として引き返したところ、行きは渡れた沢が濁流となっていて進退窮まり、雷雨のなか蛇の口の東屋でビバークした
それがトラウマになったのか梅雨なんかに冠水するほどの大雨が降ったときに、道路の用水路がごぉうごぉうと爆音を響かせながらありえないスピードで流れてゆくのを見ると、必ずこの日のことを思い出す
その印象強く記憶に残る森を一年経ってやっと紡ぐことができるんだと、尾之間歩道の登山口でひとり気持ちが引き締まる思いでいた

尾之間歩道はしっかりとした踏み跡があり、テープも道標も多数で、頭をからっぽにして歩くことが出来た
ゆっくり過ごした朝の延長線で私の気持ちはゆるみっぱなし
脳内はすっかりチルアウト
安らぎに満ちた森を進みながらFunnelのEndless Milesを聴く
ずっとこのままこの幸せな道を歩けたらいいのに
何日でも何週間でも
つぎからつぎへと変わってゆく植生を楽しみながら静かなハイキングを楽しんだ
乃木尾根に出ると空が開け、にょきにょきと出ている白骨林の群れから鈴岳と南の海が見えた
やさしい風がほてったからだを包んでくれる 
開放的な景色を目の前にしてなぜだかちょっぴり涙腺がゆるむ
杉の赤ちゃんが植林されている湿地を通り過ぎてどんどん南下してゆくと、次第に沢の音が聴こえはじめた
いくつかの渡渉ポイントを過ぎ河幅の広い「鯛の川」に辿りついた
増水すると一気に難所になるこの場所は、きっと尾之間歩道の大きなポイントのひとつだろう
太陽の光に当たって岩はつやつやと黒光りして、沢水はキラキラと目に眩しい
川は水量が少なかったけれどもより浅瀬のほうを探して少し上流から渡渉した
あっけなく渡渉し終わると、それからまた深い森のなかへとずんずんと入っていった











三日目後半につづく

洗谷 雷山井原山縦走 アンの滝










若葉の森を歩く


















石川さん、Tさんと雷山井原山縦走へ
モチノロンで洗谷コースで入山
程よく荒れておりました
お二人との登山は本当に心地が良い
いつもありがとうございます


瑞梅寺登山口(8:00)〜洗谷コース〜縦走路出合(9:30)〜雷山(10:20)〜昼食〜井原山(12:20)〜アンの滝(13:15)〜瑞梅寺登山口(13:55)


石川さん、Tさんと久しぶりに登れることが楽しすぎたのか、この日の撮影枚数が三泊四日の屋久島縦走以上という…
山の写真に人物が入ると撮りがいがぐんとあがります
あとですね、山で誰かとたわいない会話が出来るということが単純に嬉しかったです
そして井原山は最高の森だということを改めて思いました
ふれる若葉は柔らかく、野草は慎ましやかに花弁をひらく
土のふくよかな匂いを胸いっぱいに吸い込む










垂壁のかなたへ Steve House






現在、世界最強と賞賛されているアルピニスト、スティーブハウスの「垂壁のかなたへ」を読了


 エヴェレストの一般ルートには登らない。8000m峰14座のピークハントもしない。より直線的で困難な未踏ルートを、少人数か単独ですばやく登るのが彼のスタイルだ。著者スティーヴ・ハウスは、北米とヒマラヤを中心に、アルパインスタイルで数々の先鋭的な登攀を成功させ、「世界最強のクライマー」として知られる。本書は、登山を始めるきっかけとなったスロヴェニア留学から現在に至るまでの、20年におよぶ登攀の記録である。
 「軽く速く」という信条のもと、装備と食料はぎりぎりまで切り詰める。K7(6934m)新ルートのソロ第二登のときはわずか3.5キロ、のちにピオレ・ドール賞を受賞したナンガ・パルバット(8126m)ルパール壁登攀では、二人で9キロの荷物しか持たなかった。
 アルパインクライミングの最先端を突っ走る世界的クライマーが、岩壁から靴を落とす、クレバスにはまるといったきわどい事故のほか、パートナーたちとの絆や、驚異的な記録の裏にある「生と死」を語り尽くす傑作。





***
いつからだろうか、私は最小限であることについて強く惹かれるようになり、ごちゃごちゃしたりきらびやかに飾り立てられたものにはハリボテのような空虚を感じるようになった
物事は足してゆくより引いてゆく方がずっと難しくずっと美しいと気がついた
そういった美意識の延長線上のひとつとしても、身も心もギリギリまで削ぎ落し垂壁に立ちつづけるアルピニストを尊敬する
ただ彼らのミニマリズムとは、スタイリッシュだったりガラスケースに囲まれたような敷居の高いものではなく、寂しさや暗さ侘しさ貧しさのなかに常に寄り添っている気がする
様々なアルピニストの著書を読んでは、神様に選ばれたかのような才人達こそ高みに至るまでの壮絶な苦悩を経験していることを知る
彼らは絶望を繰り返した日々を赤裸々に綴るが、その先に辿り着いた成功に関しては至極謙虚であって、それにはまるで絵画にある空白の奥ゆかしさに似た美しさを感じざるを得ない

--私が最も手応えを感じたのは、つぎからつぎへものを削ぎ落していった日々、つまり、自分なりに要不要の概念を見直した時期だった
--忘れないでもらいたい
 物事がシンプルになればなっただけ、体験は豊かになる

本書でもスティーブのそういった強く美しいアルピニズムを知ることが出来、さらなる畏敬の念を抱くことになった
そして彼の山へ対する姿勢を通して、人生において何が大切なのか、何を護るべきなのかを、そっと語りかけられたような気がした

--クランポンを履いたパンク野朗だ!

私がアルピニストに惹かれる理由のうちのひとつがこれ
ツギハギだらけのウエアで反骨心むき出しのパンクス、
”喪われた岩壁”で感じた”白い暴動、デトロイトミュージック”


良書、ちょっと高いけれども是非読んでもらいたい









記憶の森を紡ぐ旅  ~屋久島 湯泊歩道 七五岳 烏帽子岳 尾之間歩道~ 二日目後半





モミの木の球果があちらこちら獣のフンみたいにコロコロと落ちている
倒木や生い茂る潅木が行く手を阻み、ゆたかな苔は登山者に荒らされることなくトレイル上に生えていて、
気を抜くといつでも迷えそうだ
歩き進めるほどにピンクテープが少なくなってゆく森のなか、
澄ます耳が、据える眼が、触れる指が、どんどん敏感になって、
こころはずっとずっと空白になってゆく

ipodで昨日のdozzyの続きを、
もっと森深くなれる



day2*part2
三能小屋跡(9:40)~岩屋(11:40)~デー太郎岩屋(13:20)~栗生分岐(14:45)~花之江河(14:48)~ 黒味岳手前観測所小ピーク(15:30)~花之江河(15:55)~淀川小屋(16:45)テント泊

湯泊登山道を撮影したもの 苔がびっしりと木の根元を這う 登山者に荒らされていない証 まるで緑の海を泳いでいるみたいだ

ミノ小屋跡を過ぎるといくつもの沢に合ったので、すっからかんになったハイドレーションをまんたんにしたり、沢水にタオルをさらし、汗ばむからだを拭きあげたりした
昨日よりは登山道の傾斜はゆるいが、反対にテープもふみあとも断然に少なくなってゆき、慎重にルートファインディングをしながらハイクアップした
熱烈なルートファインディングをしながら、倒木や崩落箇所や潅木をあくせく進む
ブッシュを掻き分けたり、地面に這いつくばったり、クライミングの要領で崩落を越えたり、とにかく冒険に満ち溢れた世界
うっすらと浮き上がってくる行き先を、ほとんど感覚のようなものでつかめるようになると、ぐんぐんとスピードが上がった
アドレナリンが出て興奮が収まらない一方で、感覚は鋭くなっていったし、思考はずっと冷静だった
森と一体になってゆくようなこの時間が楽しくて楽しくて仕方が無かった
それでも急にぱたりと道が終わった時は、一番最近見たテープまで慎重に戻り、ふたたび道を感じ取って、「でもやっぱりこの道しかないなあ」と道なき道をおそるおそる進んでゆくとやっと次のテープや丸太に刻まれたステップが見つかり、ほっと溜息をつくとゆうような感じだった
デー太郎岩屋付近まではほとんどそういった状態だった

バックパック上部につけていたULPadはもう酷くズタボロになってしまった
今回は特に何も考えずにheavydutyPackにしたけれども、もしもULPackを持って行っていたらメッシュポケットはもとよりリップストップナイロンですら引き裂かれてしまっただろうなと、潅木帯にからだじゅうを挟まれながらゾッとする思いだった
長袖とタイツで露出を避けていたけれども、それでもあちこちに擦り傷ができた
花之江河にある栗生・湯泊歩道への侵入を抑制するロープの意味を深く理解した

小屋跡を出発して三時間後、デー太郎岩屋と書かれた看板が置かれている広場に着いた
岩屋らしいものは見当たらなかったけれども、ちょうどそこに陽だまりが出来ていたので日光浴をしながら休憩を取ることにした
私はおにぎりを頬張った
鹿児島のコンビニで買ったものを4個詰めてきていたが、これが最後のひとつだ
味わうようにゆっくり食べながら、動き回っているうちに右の太ももの関節の痛みがすっかり取れていることに気がついてほっとした
食べ終わったら急に睡魔が襲ってきて、バックパックを枕代わりにしてそのまま横になった
尖らせた神経がゆるゆると溶けてゆき、もうこれ以上歩けませんといった気分になり、このままここでビバークしたい衝動に駆られる
30分ほど広場で呆けてから、背中に生えた根っこを抜き、なんとか立ち上がった



ゆるやかな登山道を南西に抜けてゆく
いつのまにかルーファイの必要の無いほど道筋は明瞭になっていた
先ほどまでの冒険を楽しむ高揚と尖らせた神経、次なる道への意欲的な目はすっかりどこかへ消えてしまい、からだが前にうまく進まない
今までがほとんど無休憩だった反動か、何度もザックを下ろしてひと呼吸もふた呼吸も置いた
だらっとした雰囲気で目の前に差し出される木漏れ日の道を行く

 
ところどころで空が開ける
東側に綺麗な円錐の山容が見えたので、山座同定してみるとシンボルマークのトーフ岩がよく分からないけれども、それは高盤岳に違いなかった
地形図を指で追い、私の現在地に気がつき、頭のなかが急に鮮明になった
胸が張り裂けてしまいそうな気分のまま南へ小走りした
左手に木製の立派な道標が見えた
栗生歩道との合流点だった
私は興奮しきって「スゴイ、スゴイ」と声に出して言った
眺望のきかない森を漂いながらも、地道に正直に歩いてゆけば、道は繋がるんだと、そんなアタリマエのことをなんてスゴイことなんだろうと思って気持ちが溢れる
ここまでが延々と長く、キツク、寂れた道のりだった
行く先にはしっかりと整備された木道が続いている
進入抑制のピンク色のロープをくぐって、花之江河へ出た
ほんとうに着いてしまったんだ

花之江河へ出るとそこはたくさんのハイカーで溢れていて、ああ、そういえばGWなんだと、思い知らされた
ロープを越えて出てきた私を見て、おじさんおばさんグループから「道に迷ったの?かわいそうに…」と言われる
慌てて湯泊から来たんですと返事をするとよく分からないといった不思議そうな顔で返された
五月晴れの下、多くの登山者が木道で団欒していて、花之江河はゆるやかな時間が流れていた
ひとりきりでなんだか場違いなかんじがして急に恥ずかしくなり、奥のほうへと逃げ込んだ
バックパックを石塚分岐の標識の下におろす
ハイカーがどんどんどんどん行き交う
せっかくなので黒味岳くらいは登っておこうと思いたち、ハイドレーションの水を確認するともう500mlも残っていなかった
VAAMを溶かしてぐびっと飲み、200mlのマグボトルに残りの水を注いで、サコッシュに入れた
バックパックをデポしたまま、宮之浦岳方面へ向う
重荷から開放され急に軽くなったからだからはパワーが満ち溢れ、どんどん前に進んでゆける
背中に羽が生えちゃったみたい
だけれども宮之浦岳からおりてくる登山者のあまりの数の多さにぞっとし、急に吐き気がしてきた
人酔いしながらもなんとか黒味分岐まで進んだ
黒味までの急坂を少し駆けると左手の森がひらけ、南の稜線が見えた
ここで急に黒味のピークを踏むのがいやらしく感じて、手前の小ピークへ登ってみることにした 
ちょうどアンテナの立つ観測所っぽい場所があって、そこまでの踏み跡を辿る
ピークへつくと、宮之浦岳と永田岳が目に飛び込んできた
黒味山頂の岩場に人のシルエットがひとつふたつ見えた
そして、南側にはどんなピークよりも尖っている七五岳のシルエットが遠くに確認できた
私が歩いてきた森を目で辿る
今回の山行の最高地点の名も無き場所から山頂を見下ろしていることが不思議に感じたけれども、こういうことこそが私の縦走のテーマであり、三年半の短い登山歴の集大成に繋がることなんだと思うと、頬をかすめるやわらかな風を気持ちよく感じれた

 
 

 

花之江河に戻ってから重いバックパックをふたたび担いで、
ツアー客の団体の群れにつかまらないように淀川小屋までのゆるやかな坂をどんどん駆け下りた
ルーファイの必要の無い道を歩けることはどんなに快適なことかと思う 何も考えずにテープを追うことも無くブッシュに体を挟まれること無く進めることに、大きな開放感を覚えた
小屋につくと想像していた以上にテントは少なかったけれども、それでも小屋前のスペースはほとんど埋まっていたので離れたところに幕営した

小屋のテラスでは湯泊林道で逢ったIさんがすっかりくつろいだ様子で座っている
湯泊歩道に対するホットな気持ちをIさんに話す ソロ山行だったのにこういうふうに気持ちを共有できるのはとても嬉しい
Iさんからいただいたウィスキーがどんなに美味しかったことか
そして三年ほど前に五竜岳山荘でみかけたNさんが偶然いたので大変驚いた
彼女は初めての屋久島だし、私は急遽決めた山行だったうえ、ほんとうなら混雑の予想される淀川は避けて二泊目もビバーク予定だったのでとんでもない確率で出逢ってしまった 屋久島では不思議な出逢いが良く起こります
食事をとりながらそこに集まるハイカーと談笑し、それぞれの山のスタイルを聞かせていただき、ほかの山域の情報で盛り上がった
そして19時ごろに宴もたけなわ、寝床に戻った
クタクタに疲れていたし、気持ちもリラックスしていたし、今日はたっぷり眠れるだろうと思ったけれども、結局眠りにつけたのは朝方で、とても長い夜を過ごした
五時頃、一気に空気が縮こまったのを感じて身震いし、その放射冷却から屋久島の山々が美しい朝焼けを纏う様子を想像した




三日目に続く