記憶の森を紡ぐ旅 ~屋久島 湯泊歩道 七五岳 烏帽子岳 尾之間歩道~ 二日目前半











昨晩あれほどにビュービューと吹いていた風がぴたりとやみ、代わりに鳥のさえずり声があちらこちらから聴こえている
目を開けて、クリーム色のフライシート越しに外の明るさを感じた
シュラフのなかでもぞもぞと動いて腕時計を見てみたら、時刻は五時すぎを指していたので十時間は寝つづけたのだろう
私はうーんと溜息を漏らしながら全身を伸ばしてみた
右太ももの付け根が昨日よりも酷く痛む
エマージェンシーキットには痛み止めが4回分入っているので取り出してサコッシュに入れ、半錠ずつ飲んでゆこうと決める
下半身はシュラフに入ったままでアルコールバーナーでお湯を沸かしつつ、昨晩食べ切れなかった天丼弁当を食べる、ぱさぱさしていて美味しくない
食後に粉末のミルクティーを飲み、VAAMを水で溶かしてぐぴっと飲んだ
テントの中をあらかた片付けてから、サコッシュにペットボトル、GPS代わりのiPhone、行動食を入れて、タイツとショートパンツに履き替えた
ベースレイヤーはすべて半袖をパッキングしていたけれども、今日は日に焼けそうな気がしたので一枚だけ持ってきていた長袖を着ることにした
ジャケットを羽織って、前室を開けて、一晩中テントのなかにこもっていた空気と一緒に外へ出た
痩せた木々の向こうに一日の始まりを切り開く紅い朝やけ色の空が見え、その美しさにしばらく佇んだ
冷涼な空気を胸いっぱいに吸い込んでから、靴の紐をぐっとしばり、痛み止めを飲みストックを一本だけ持って、七五岳へ向かって足を踏み出す
ビバーク場所は鬱蒼とした森のなかにあるので、下山後の目印になるように幕営地に繋がるポイントの木の根元に枯れ枝を三本立てかけた




day2*part1
七五岳分岐(6:00)~七五岳(6:40)~三能小屋跡(7:30)~烏帽子岳(7:50)~七五岳分岐(8:30)~烏 帽子岳再訪(9:20)~三能小屋跡(9:40)










七五岳までの道のりは下りがつづいたあとにハイクアップがあるという不思議なものだった
尾根に沿うような樹林帯をどんどん歩き進めてゆくと左側の木々がぽっかり空いて、七五岳の頂上付近が見えた
随分と久しぶりに広い空を見たような気がする

それからさらにしばらく進むと森林限界を越え、ぱっと空が大きく開けて、大スラブが目に飛び込んできた
思わず感嘆の声が漏れる
大岩壁の底を見下ろすようにからだを乗り出すと、深い森の海がずっと下のほうに広がっていて、高度感に足がすくんだ
(ちなみにここのスラブにはルートが引かれているらしい
屋久島の山々を見下ろしながら、彼方まで広がる海に囲まれながら登攀するってどんな気分なんだろう
link:屋久島 七五岳北壁新ルート開拓記 「ひと夏の思い出」










朝陽を浴びる山肌のひだには影が深いコントラストを描いている
北のほうには宮之浦や永田の稜線が続いている
晴れ渡る早朝の屋久島だったけれども最高峰の山頂付近にだけ雲がかかっていて、あそこからは雲海が見渡せるんじゃないかななんて考えると心が躍った
スラブでひとしきり感動した後、山頂へ向う










大きな花崗岩をいくつか乗り越え、頂上へ辿りついた
そこだけ舞台になったかのような山頂のまあるいのステージの上にモニュメントふうの不思議な形状の岩が寄り添って置かれている
山頂から西側を見下ろすと七五岳のシルエットがくっきりとした影となって深い森に落ちていた
鋭角を描く影七五岳だ
ここからは南西の海がよく見渡せた
島を取り囲む美しいエメラルドグリーンの海は空と溶け合っていて飲み残しのクリームソーダーふうの境界線を描いていた
後を振り返ると私が通ってきた尾根が見える
ダイナミックな景色にぽつんと身を置いて、吹き上げる風を全身で受け止めて、しばらくぼうっとして過ごした
宮之浦や永田の稜線や花山歩道の平石展望台より、この山頂をはるか遠くに眺めていた過去の記憶を頭に浮かべて並べたりした




 一旦、ビバーク場所まで戻ってテントを片してから烏帽子に行こうと来た道を戻る
 素晴らしい景色を目にしてパワーがまんたんになり、スピードを上げて森をぐんぐんと抜けてゆく
そろそろ着くかしらと思っていると見たことも無い広場に出た
昨日散々探していた「ミノ小屋跡」と書いた看板が地面にぽつんと置かれている
あれれ、と思ったけれども、特に気にせずそのまま東に進んだら、なんだか高度が上がっていくので、
本格的におかしいなと思っていたらいきなり空が開けた








まさかまさかとわくわくしながらさらにハイクアップしていると巨石が前方に現れた
後ろを振り向くと七五岳の勇ましい急峻な山容が西側に見えた
ビバーク場所を飛び越えて烏帽子岳に来てしまっていたことに気付き、笑ってしまった
にしても烏帽子山頂にある「ひよこまんじゅう」っぽい大岩の向こうに、タケノコみたいな七五岳の姿がとても良い配置で見えるので、そのバランスのかっこよさにしばらくテンションが上がりっぱなし
ついさっきまであんな山頂に居たなんて信じられないほどに尖っている
山頂にある色んな岩に乗っては降り、色んな角度から七五岳を見て、すごいすごいと独り言を言いながら写真をバシャバシャととりまくった





個人的な好みの問題だけれども、黙々と深い森を歩くことがひたすらに好きな私はさほどピークハントに興味が無い
それなのに今日は山頂から飛び上がるような感動を二回も味わってしまった
大崩山群の鉾岳の雄鉾か四国の三嶺山以来の高揚だったと思う
顔のほころびがずっと取れない
東の空からぐんぐんと太陽が昇ってきている
とても良い朝だった




ビバーク場所まで戻る
念のためFieldAccessを立ち上げて現在地を確認しつつ下っていった
ほど無くミノ小屋跡に到着
やっぱり山と高原の地図はマークがずれているなぁ
よく見ると北側に向かってもうひとつテープがついていて、湯泊歩道と烏帽子岳分岐の目印になっていた
相変わらず道標は無くて、そういう寂れた所がこの歩道の良いところだなと思う
(後からIさんより聞くとテープ上に湯泊と烏帽子の文字が書かれていたらしい)
小屋跡には七五谷の支流の沢筋が近くにあるという手記を見たことを思い出したので、耳を済ませると 水の音が聞こえてきた
谷に向って下りると、光を浴びてきらきらと光る小川が見えた
冷たい水をたっぷりと飲んで、ペットボトルに詰めた
藪道を通り登山道に戻ってから下り進めていくときにストックを烏帽子頂上に置き忘れてきたことに気がついた
ショックをうけつつも下り、七五岳分岐を過ぎ、そのまま山頂方面に向うと私が目印に置いていた枯れ枝が三本見つかった 森の奥に入って行くと白いテントが見えた






フライシートはスッカリ乾いている
ささっとパッキングを済ませ、ミノ小屋跡に再び向う
広場にザックを置き、烏帽子山頂を再びピストンし、ストックを回収して小屋跡に戻ってきた
おっちょこちょいでつくづく嫌になる








 二日目後半につづく