記憶の森を紡ぐ旅  ~屋久島 湯泊歩道 七五岳 烏帽子岳 尾之間歩道~ 三日目後半




day3*part2
鯛之川(12:05)~蛇の口東屋(16:30)~蛇の口滝(17:00)~蛇の口東屋(17:30)~蛇の口某所(17:40)ビバーク


山に入って三日目、今日も誰とも話すこと無く黙々淡々と歩いている
私はいつからか独り言が自然に出始めていた
よくよく考えればソロでこんなに長い時間を過ごすことは初めての経験だった
歩けれども歩けれども、森はずっとずっと途切れることなく続いてゆく
ふと、ipodから流れるウルリッヒシュナウスのエレクトロニカのメロディーを「ランラン」と口ずさんでみたところ、気分がちょっとずつ盛り上がってゆくのを感じたのでこころが明るくなった
新しい足跡はいくつも見かけたけれども、淀川から誰一人にも逢ってないし、もうこんな時間にこの歩道を下る人も居まいと思うと歌声はどんどん大きくなっていった歌詞の有る曲をわざわざ選んでしばらく歌っていたところ、ふと気配を感じたので後をぱっと振り向いた
かなり離れたところだったけどトレランふうの男性が降りてくるのが目に入って、私の顔は一気に赤くなった
彼が通り過ぎるとき「すみません、誰もいないかと思って大声で歌っていました」と平謝り
トレランの男性は永田から尾之間まで一泊二日の縦走をしていて、今日は鹿之沢から尾之間まで歩いているらしく、その距離と彼の歩行速度に驚いた
「尾之間長いっスね」と言葉を残して彼はまたたくまに姿を消した








私は独りで歩く時はほとんどと言っていいほど休憩をとらないほうだ
ペースをかなり落としてゆっくりゆっくり登りつづけるのが好きみたい
だけれども、疲れのせいか、いつしか数十分進んでは休みをくり返すようになっていた
(そして行動食を撮るという奇怪な遊びにハマった 独り言を言ったり、歌を歌ったり、小休止のたびに行動食を撮ったり、30秒セルフタイマーにはまったり、私がどんどん壊れてゆく… ちなみに、「おやつカルパス」は塩っけがあり、甘ったるい行動食の口直しに良かった ヤガイっていう会社が出している 一個9円也 普段は何が起きてもカルパスとか食べないのにね 「Alpen」はミューズリーとドライフルーツを固めたシリアルバーで最近のお気に入り行動食のうちのひとつ)


地道に下ってゆくといつの間にか標高1000メートルを切っていたことに気がついた
ああ、もうスグで道が繋がるんだと思うと胸にこみ上げてくるものがあった
地図にも載っていない渡渉ポイントにいくつか出合い、その度に記憶を掘り起こしてゆく
そして最後の渡渉で足をとめた
記憶が違っていたのか、それとも高度計が狂っていたのか、標高は700メートル後半を指していたけれども、一年前に引き返した場所はここに違いなかった
足運びを迷うところもないほどに水量の少ない小川をぴょんぴょんと渡って、濁流に行く手を阻まれ大雨に打たれながら呆然と立ち尽くしている一年前の私とタッチした
そしてここからは三回目に通る登山道に変わる
いくつかの倒木はすっかり除かれていたりしていたけれども、見覚えある景色を愛でながら急坂を下ってゆく
残置ロープ箇所が現れた
ああ、もう、ほんとにスグに蛇の口ハイキングコースと合流するんだと考えると嬉しくって仕方が無く、今日一番の速度で下り、東屋が見えたときは「ついた~」と溜息のような声が出た

東屋にバックパックをデポしてサコッシュだけの身軽装備で蛇の口滝へと向う
途中、滝つぼで泳いでいたという海外の家族とすれ違う
蛇の口滝まで3時間近くかけて歩いて水遊びするなんて良い休日の過ごし方だななんて羨ましく思う
滝に近づくと大岩がごろごろと目の前に出てきたのでわざとルートを外してボルダリングふうに遊びながら乗り越えていった
30分ほどかけて夕暮れの蛇の口滝に到着した
顔を上げて、その滝幅の広さに感動する
タイツを太ももまでめくり、川に脚をさらしてふくらはぎをアイシングして休憩を取った
水の温度は低く、ずっと水に浸かっていると身震いがしたけれども、太陽の熱を受けた岩がとても温かいので大岩を両手で抱きしめて暖をとった


東屋まで戻り、ガイドさんから教えていただいた場所まで移動する
「きっとわかると思う」場所は鬱蒼としたところにあったけれども、ほんとうにピンと分かって、狭小なスペースながら地面は平らで水場も近く、ベンチもあった
ただ、この標高で眠れるのはこの時期がぎりぎりだろうな~と、小さな虫がぷ~んと飛び交ってゆく様子を見ながら思った
テントをたて終えて腰を下ろすと満身創痍のからだはぐっと重くなり、ご飯を食べる気力も無くなったのでシュラフのインナーだけ被って目を閉じた
しかし、一向に眠れる気配がなく、持ってきた小説をヘッデンの光に照らして読んだり、明太子のクスクスを食べたりして最後の夜を過ごした
ここに誰かが居てくれたら安心して眠れるのにと思うと、悲しくなったり切なくなったり怖くなったりした

ライトをそっと消してテントの天井を仰ぐと、木々から漏れて揺れる月明かりが見えた
標高は300メートルを切っているので気温がとても高く、夏用シュラフを毛布みたいにしてからだにかけている

小さな音でアンビエントを聴いた
色んなことが頭のなかにふつふつと湧いて出てくるけれども、結局は混沌とした森の闇に食べられてゆく
長い夜の片隅で、このトレイルを歩ききった時に私はいったい何を想うんだろうと、想像してみたけれども、それもまた闇の底に沈殿していった




四日目に続く